No Name Blog

名前も中身もない雑食流浪ブログです。中の人はiPhoneとApple製品が大好きなアラフォー沖縄県民。

毎年必ず出る「箱根不要論」に対抗して「箱根不要論不要論」を考えてみる

スポンサーリンク

 

◯◯不要論とか大嫌いです。箱根然り、高校野球然り。

headlines.yahoo.co.jp

なのであえて今回は「箱根不要論不要論」を考えてみました。

 

箱根不要論の根底にあるのはこういう理由らしいです。

「駅伝練習ばかりしているから世界に通用する選手が育たない」「箱根に集中しすぎて燃え尽き症候群に陥ってしまう」など「不要論」の根拠は様々だが、とどのつまりは「箱根のせいでマラソンが弱くなった」ということだろう。

これって結局選手自身の問題ですよね。箱根を走りたいから「駅伝練習ばかりしている」わけですし、燃え尽き症候群なんて箱根に限らず陥ってしまう選手は多いはず。

「箱根のせいでマラソンが弱くなった」なんて一番意味不明。箱根を目指してる 選手全てが将来的にマラソンで世界を目指すわけでもないし、そもそもマラソンで世界を獲りたいなら箱根に出なければいいだけの話でしょう。

 

本当に選手のためを思うなら、4年間のうち5区を走れるのは1回か2回までに制限すべきではないのか。そうすることで選手の負担は軽減されるし、どの選手をどの区間に配置するかの妙味も増す。

あと健康管理についても選手自身の問題ですね。東京箱根間往復大学駅伝競走箱根駅伝)はこういう大会でこういうスポーツだと90年以上前から決まってます。選手もそれをわかった上で出場しているはず。選手側からクレームが出るならまだしも、外野がとやかく言う問題ではないんじゃないかなぁ。

仮に私が選手ならば、5区の走行回数制限なんて以ての外で大反対しますけどね。だって皆「山の神」を目指して練習してるんだから。

 

100年近く箱根駅伝が続いているのにはそれなりの理由があるはず。そうじゃないと周りから不要論が出る前に大会自体廃れてますよ。

天下の険を制覇したい選手は出ればいいし、世界を目指すなら箱根以外の種目に出ればいい。箱根と世界を同一線上に見るからおかしくなるんですよ。選択の自由は選手にあります。箱根をなくしたところでこれらの問題は何も解決しないですね。まぁそもそも問題視してるのが選手じゃなくて外野な時点でロジックとして成り立たないと思いますが。

 

 

 

広告を非表示にする